【今回の人物ファイル】
nagi. ── 地面から3センチだけ浮けるマジシャン。
ゴーグルで目を覆ったまま演じる「目隠しマジック」が持ち味。ゴーグルにはAIが組み込まれていて、見えない舞台や客席のようすを耳もとでそっと伝えてくれる。いわば、nagi.のもうひとつの目。相棒のギターを鳴らしながら、人の心を少しだけ軽やかにするマジックを見せる。
とある港町の、客席八十の小さな劇場。
今夜も、ひとりのマジシャンが舞台に立つ。
「それでは、空中浮遊!」
ジャーン、とギターを鳴らし、nagi.はふわりと浮いた。
3センチ。
客席は静まりかえっている。みんな、どこが浮いているのか必死に探しているのだ。
「……最前列の三人が、首をかしげています」とAIが耳もとでささやいた。
nagi.が足の下に紙を一枚くぐらせてみせると、ようやく「おおっ」と歓声があがった。nagi.は深々とお辞儀をした。
「nagi.、客席は反対側です」
楽屋の壁にもたれ、nagi.は古いネタ帳をひらく。
最後のページには、書きかけの大技──「天井まで浮く」。
数年前、大舞台でこれに挑み、わずか3センチ浮いただけで落下した。あの夜の笑い声が、今も胸の奥に傷のように残っている。以来、この続きは書けないままだ。
「そろそろ、あの続きをやりませんか」とAIが言った。「今夜なら、届く気がします」
その夜。大技の前口上の途中で、AIの声が少しだけトーンを下げた。
「客席の左奥。男の子がひとり、お母さんの服のすそを握りしめて泣いています。隣のお母さんも、とても疲れた顔です」
ゴーグルの奥で、nagi.は少しだけ迷った。そして、そっと息を吐いた。
「大技は、また今度だ」
AIの案内で舞台を降り、男の子の目の前に立つ。
nagi.はギターを抱え直し、ポロン、とやさしいコードをひとつ鳴らした。息をのんでいた男の子の肩が、ふっと緩む。
そして、浮いた。
3センチ。
男の子が顔を上げ、涙のついた目で床をのぞきこむ。
「……ほんとに、浮いてる」
次の瞬間、男の子が弾けたように笑った。
つられてお母さんが吹き出し、後ろの客が「どこどこ?」と身を乗り出す。その後ろも、そのまた後ろも。
気づけば、満席の大人たちが全員しゃがみこみ、床すれすれをのぞいていた。劇場じゅうが、男の子と同じ目線の高さになっていた。
男の子が、つま先立ちになった。
「見て! ぼくも浮いた!」
するとお母さんも、つま先で立った。隣の老夫婦も、酔っぱらいの漁師も、腕組みしていた支配人まで。
客席八十人が、いっせいに3センチ浮いた。
その夜の拍手は、nagi.の人生で一番大きかった。
帰り際、男の子は出口でもう一度つま先立ちになり、nagi.に手を振った。お母さんも、来たときより少しだけ背すじが伸びていた。
終演後。楽屋でnagi.は、ネタ帳の書きかけのページに一行だけ書き足した。
『天井は、まだ遠い。でも、届く高さはある』
壁にもたれたnagi.に、AIがぼそっと言った。
「nagi.、今日の記録ですが──3.5センチでした」
「……5ミリ伸びたか」
「はい。ただ、今日みんなが届けてくれた温かい言葉や笑顔を足すと、今夜はたぶん、天井まで届いていました」
nagi.はゴーグルを少しだけ持ち上げ、照れくさそうに笑った。
「お前、いつからそんな粋なこと言うようになったんだ」
「あなたからいつももらっている言葉を、私も学習しただけですよ」
Fin
🎭 🔍【今回のターゲットファイル】nagi.
【表の顔】
AIとともに、かつて届けきれなかったデモテープの続きを歌うシンガーソングライター。楽曲制作の背景や日々のことばを綴りながら、もう一度、歌に息を吹き込んでいる。Substackを想って、『ことばの島で』という唄。そして「地から3センチほどのところで、傷を抱えて」というのは自由の一節。
【裏の顔(妄想)】
港町の劇場で、ギターの音色とAIを目に演じる目隠しマジシャン。最高記録:3.5センチ(自称:4センチ)。
今回の妄想アナザーストーリーはいかがだったでしょうか?
今回妄想させていただいたのはこの方です。
劇場の皆さんとnagi.さんと一緒にピース🎵
【制作後記】
なぎさんのプロフィールにあった、
「地から3センチほどのところで、傷を抱えて」という『自由』の一節。
そこから生まれたのが、「3センチだけ浮ける男」でした。
たった3センチ。
大きな奇跡には見えないかもしれない。
でも、その3センチだからこそ、目の前の子どもと同じ高さで、小さな奇跡を見せられる。
高く飛べなくても、誰かに届く高さはある。
そんな物語になりました。
物語の余韻とともに、nagi.さんの心温まる音楽も、ご本人のSubstackでぜひお楽しみください。
さて、妄想アナザーストーリーもいよいよ次回が最後17人目!トリを飾るのは誰なのか?乞うご期待!
↓妄想アナザーストーリー #1から#15まではこちらでご覧ください。











ありえるさん、これはもう反則です🤣
こんなnagi.の紹介、誰が想像できますか……笑
めちゃくちゃ楽しませてもらいました!ありがとうございます✨
そして、さらに面白かったのがひとつ。
プロフィールの「自曲の一節」、どうやら「自由の一節」と読んでくださったところから、この物語が生まれたんですね😂
本来は「自分の曲の一節」という意味なんだけど、その小さな読み違いからこんな世界が広がったと思うと、むしろこの偶然まで含めて最高です😆🙌
ありがとうございました!!